灰色の雲徐々に徐々に集まりて視界にゆるる
白きおいらん草
亀裂する雲間より見ゆる橙色のメッキの月は
マヌカン照らす
人居らぬ教室の中黒板にかきなぐりの文字
ありて静けし
出生の秘密を知らず育ち来し混血児K君
美しき瞳もつ
ポツポツと音は切れつつ曲となる白き鍵盤に
母の手ありて
ユニホームの赤き色もよしポーランドの選手団今
我が前を行く
理由なき憂いもあるか水たまりの雲見つめつつ
友待つひととき
疎ましき日曜の午後一人居て五月雨の音を
あらためて聞く
漏れさせる光をかへす蜘蛛糸のやはらかくして
意外に切れず
えびがにが片手をあげる恰好(さま)なしてノッコリノッコリ
道を横切る
隆起せし胸誇るごと雑踏に女たたずむ夜の立川
短歌研究10月号佐々木幸綱選 空っ風
一葉の生計しのべり路地裏に本郷菊坂巡る夏の日
対岸の灯りは夜露に朧ろなり葛西臨海夜間歩行
短歌研究10月号佐々木幸綱選 mohyo
死にし赤子の水葬ありて鳴る汽笛こぞりて泣きぬ引揚船に
高瀬舟 松岡尚子
介護付きマンシヨンの中清掃をすればなつかし介護の仕事
焦げ飯にぴったりの味ビビンバを話題となしてタイムカード押す
古びたる本を手に取る『高瀬舟』短編なれど印象深し
秋扇 JUN
湯煙の鏡を拭ふ夜長かな
午後の日やひとりで摘まむ黒葡萄
伏せし本開きしままの秋扇
ひとはみな星屑なりし天の川
苦瓜の葉の触れ合ひて薄日透く
短歌研究9月号高野公彦選 空っ風 mohyo
ひめゆりと健児の戦死者追悼す創作舞踊の「沖縄散華」
もの言うて若き女(め)泣けば男らの吾が泣かせしとふ
微妙な正義
短歌研究8月号高野公彦選 mohyo
生き生きとわれを呼ぶごと栄西展掛け軸の柿六個描かれ
知識ある象徴なるや栄西の頭の形四角く高し
短歌研究8月号高野公彦選 空っ風
春眠は暁に至らず夜半目覚め桜花を散らす雨音を聴く
触れ回る太鼓の響きは夏場所を告げて墨田の川風に消ゆ
短歌研究7月号高野公彦選 空っ風
鬱々と家に籠もりて一日昏れ桜明かりの真間川歩む
葉桜の春の名残りの法華経寺母待つベンチへ幼子
走る
短歌研究7月号高野公彦選 mohyo
柿六個無造作に置かれ柿色が貧しき部屋を豊かに変へぬ
集落の家々に実る柿ありて採る人なきまま夕暮れていく