花びら…

 

 

花びらの路上ダンスは愛らしく
ひとひらひとひら風に立ちおり
(ふみえ)

原作
花びらの路上ダンスは愛らしく風に吹かれつも容姿保ちて

(アドバイス)
容姿保ちて う〜ん気持ちはわかりますが。

花びらのダンスは素敵な場面ですね。そこをもうすこし具体的に歌いましょう。

作者
アスファルトの道路なので、花びらの1枚1枚が風の吹くたびにワーって立つので、夢のようでした。

ひゃら
バスの窓から見たのですね。花びらが立つは、飛び立つのですか。

作者
いいえ、花びらが立ち上がりました。

ひゃら
美しいですね。そこを歌いたいですね。

作者
ひとひらひとひら風に立ちおり

(アドバイザー略歴)
結社「かりん」所属
歌集『炎の藻群』『ていだ太陽』
清瀬短歌サークル講師

豊子

 

秩父連山  佐野豊子

春萌える秩父連山ドライブの助手席にいてさみどりの腕

長瀞へおいでおいでと廃船にあふれるほどのパンジーが咲く

山いちめん芝桜咲くひつじ山日のくれどきに羊鳴くなり

春星は密かに落ちて花になる秩父連山ついに暮れたり

闇のやま赤い尾灯がいっせいに輝き並ぶ秩父街道

kokuga

 

 

「國画会」の絵画、写真、彫刻に
友と二人で勝手な批評す
(満智子)

(原作)
「國画会」絵画写真と彫刻に友と二人で勝手な批評

(アドバイス)
歌を読みやすく整理しましょう。

コクガカイ「の」と6音でかまいません。
絵画、写真、彫刻
「、」で並列にします。
結句は「す」をいれましょう。

ひゃら
あの梅原竜三郎らの「國画会」ですか?

作者
そうです。恐れ気もなくいろいろ言って。

ひゃら
楽しい時間だったようですね。周囲のひとにうるさいと言われませんでしたか。少し心配です。

ひゃら
歌は面白いです。「國画会」だから勝手な批評に意味があるのでしょう。

(アドバイザー略歴)
結社「かりん」所属。
歌集『炎の藻群』『ていだ 太陽』
清瀬短歌サークル講師

豊子

 

氷川丸  ふーしゃん 1996年ごろ

氷川丸のイルミネーションに誘はれて観光客ら船に入りゆく

氷川丸の錨をおろす岸壁に夜の海波暗く打つ音

「重荷負ふ者われ休ません」聖句 日本語に訳し掲げてありぬ

雨あがる横浜の空ひろびろし頭上はブルー遠くは白緑

苺狩り  松岡尚子

花のように次々開く万華鏡くるくる回し心明るむ

人避ける長の子連れて平日に苺狩りせり貸し切りのごと

苺もぐ要領もありひと粒をくるっとひねりわが掌に乗せる

濃きミルクと袋渡され苺狩り初めてを来ぬ五井のハウスに

風邪  佐野豊子

熱いでて枕の下に手をいれるひんやりひとり春夜を目ざめ

病臥して萎えるこころは混沌と思わぬ人をなつかしみおり

熱さがり夢さめたようしんみりと食卓により白湯いれて飲む

病みあがりあみだ帽子をかぶる部屋こんな事にも安らぐなんて

われが病み姉さん少し痩せたらし母の介護の奮戦メール

短歌と感情 宮 柊二先生 (7)

短歌と感情(昭和四十三年五月十八日)  −長狭高校講演速記録より抜粋

喜びを何を例えようわが心友が出来たと叫びたくなる

お母さんを困らせたり、予習もしてこないで先生の困るのを面白がって机の下ばかり見ていたりする。そういうことはやっぱり寂しいところがあるからだ。どこかに友達を欲しいと思っているからかもしれない。その友だちができた。

「俺にも友だちができたぞぉ!」その喜びの表わしようがない。

の歌は、そういう歌ですね。友だちがどんなに大切かという事は皆さんが年齢をひとつ拾い、また拾い、また拾っていくたびに分かっていくのではいか。この学
校の中で友だちと共に勉強しているという喜びをまだ反省していないのではないか。こういったところで青春を、学校時代を学んだという喜びが、将来どんな大
きな力で皆さんに戻ってくるかという事を考えておいても良いと思う。

単に友といっているが学校の、つまり学友と言ってもよい友ではないか。

鳩  ふーしゃん 1996年ごろ

満開のしだれ桜の紅の花右まわりに観左まわりに観る

二日前羽生七冠王挙式せし鳩の森神社鳩の鳴くなり

ゴッホ描けり青の大空黄の畑不安ただよふ曲線の教会

潮来のあやめ    松岡尚子

予想もせぬ展開見する人生の不可解故に養ふるこころ

札幌に文学館建ち特集号が送られ来しをよろこびとする

曇り日の潮来のあやめ花びらの白きを眺め紫を眺む

いち面のあやめの群れをやや離れのほほんと咲く白き
睡蓮

恩納岳  佐野豊子

もう未来みえない日本そのはなのもっと見えない美(ちゅらさ)さ沖縄

空暗く鳥きしきしと羽搏つなりヤハウェわが神われら生きたし

なんとなく隠しもちたる裂布あり祖母の紅型木綿なれども

その山は歌の香具山その山は琉歌の神すむ恩納岳 撃つな