アカンサスのえにし

宮 英子氏の「葉薊館雑記」を読んでいる。アカンサスの葉は古代ギリシャやローマ建築の柱頭文様に用いられた。大きな葉に深い裂け目があり、夏、長い花茎を伸ばし唇形の灰白色の花を穂状に出すが、花はほとんど美術作品にあらわれない。

アカンサスを読んだ宮 柊二の作品

久が原に人を見舞いてたばはりしあかんざす草朝々に勢(きほ)ふ

透明に庭の空気の夕べとなり大き葉の影をアカンサスは置く

このアカンサスは宮 柊二が鎌田敬止氏(明治26年〜昭和58年)からいただいたアカンサスで鎌田氏をたずねた歌人土屋文明・近藤芳美の庭に根づいたと記されてあった。

鎌田氏によるとギリシャ航路の船員が魚を釣って刺身をつくったが、わさびがない。そこで形の似ているアカンサスの根をおろしてみたが味が全くちがう。結局日本に持ち帰ったその根は高値を呼び岡田三郎助らによってひろまっていったそうである。

これを読んで私は東京・府中の実家に大きくお化けのような葉がアカンサスだと思った。入院中の母が宮先生のお宅からいただいたギリシャの植物だといっていた。

給油のために立ち寄ったギリシャ空港と白い建物が多かったギリシャと青い空を思い出した。

綾子

浅利慶太氏の語り継ぐ日本の歴史

16日ミュージカル三部作のうちの第二部”異国の丘”を見てきました。歌も踊りも切れのある動き素晴らしく声量のある歌声 装置いろいろな点から見
ている人がいました。中学生の修学旅行生らしき団体もいました。平日だったのでもう少しすいているかと思ったのですが満席でした。

私は監督の浅利慶太の解説に引かれています。第一部は「李香蘭」でした。今回は第二部 第三部は「南十字星」です。

浅利慶太氏の言葉を要約します。

【私は戦争ならなんでも反対というような単純な反戦論者ではない。戦わなければならない戦争もある。外国が国土を軍事占領し、民族を隷属させようとした時。
ナチズムやテロリズムのように市民を襲う暴力に対しても戦う。戦争に正しいものそうでないものがあるといっているのでもない。例えどんな崇高な目的があっても国民に凄まじい犠牲を伴って戦われるものである。

だから戦争を決断する立場となった人はこのことを深く心に刻まなければならない。政治家だけではなくそれを支える人(選挙民もかな)世論に影響をもたらす人までを含めて責任を問われる。

戦争も政治の一手段である。しかし民族 国民 国家にとって最後の選択でなければならない。昭和の大戦争を振り返ったときに本当に最後の手段だったのか疑問が湧いてくる。

「あの戦争を総括するには、まだ時代が早い」という意見に私は耳を傾ける。たしかにそこには、大きな錯誤や侵略行動、蛮行と共に、アジアを植民地支配する西欧勢力から解放したという
側面があったことも否定できない。だが何度も言うようにあの戦争開戦、遂行に関わった人々は結果として国民にもたらされる可能性のある「悲惨」について考
えただろうか。戦争回避の方策は絶対になかったのか。もし私が10年早く生まれていたら間違いなくこの戦争の一線部隊の兵士になっていた。私は兵士の立場
でこれらの作品をつくった。

いつか日本はこの戦争の「開戦」と「敗戦」の責任を情緒に流されず自らの手で裁き歴史に刻印しなければならない。

左側は「侵略」として東京裁判史観に基づき全てを悪と片付ける。右側は「止むに止まれぬ歴史の流れ」と発想する。問題は愚かさと狂気に捉えられたその「戦争の実相」である。

あの悲劇を語りづぐ責任が我々にはあると思う。多くの兵士、戦後無辜の罪に問われて死を迎えざるを得なかった軍人たち原子爆弾 一夜の無差別空襲で命を奪われた市民今日我々0を包み込む「平和」は、あの人たちの悲しみの果てにもたらされた。

哀悼と挽歌は我々の手で奏でなければならない。】

お勧めの作品です。

綾子

トレンドリーダー(女性)に聞きました。

経沢さんという女性有名起業家のところから出ているマガジンでトレンドリーダーに聞きましたというのがある。今回は以下のアンケート結果が配信されていた。

Q1 日曜夜(18時以降)、あなたはどこにいることが多いですか?

Q2 日曜夜(18時以降)、あなたは誰と一緒にいることが多いですか?

Q3 夕食以外に、あなたが日曜夜に「お決まりでしてるコト」「よくしてるコト」を教えてください。

Q4 日曜夜、どんなキモチ・気分でいることが多いですか?
最近の日曜夜の「キモチ・気分」と「理由」を教えてください。

まとめ

アンケート回答者 : トレンドリーダー107名(平均年齢:30.0歳)

——————————————————————
まとめ
——————————————————————

日曜夜(18時以降)は、「自宅にいる(74.8%)」と答えた方が全体の4分の3を占めました。次いで「外にいる(19.6%)」でした。
「誰と」に関しては「家族と(45.8%)」が最も多く、「1人で(20.6%)」「恋人と(20.6%)」が同数で続いています。
組合せで最も多かった回答は「自宅で、家族と過ごす(45.7%)」で全体の5割弱を占めています。
日曜夜に「お決まりでしてるコト」「よくしてるコト」をたずねたところ、
「シャツのアイロンがけ。1週間に使ったお金のチェック」「来週の仕事の整理」など翌日から始まる1週間への準備や、「超長風呂」「1週間のできごとをまとめたテレビ番組を見る」
「ブログのまとめ書き・まとめ読み」といったある程度まとまった時間を必要とする用事・作業を行っていることが伺えます。

日曜夜の「キモチ・気分」ついては大きく3つのグループに分かれています。「ローテンション」「不完全燃焼」「切ない」という「ややブルー」グループと、「わくわく」している「ハイテンション」グループ、それに「ポワーンとした」のような「リラックス」グループです。
最初のグループは、明日から始まる仕事に対するやや憂鬱な気分と、計画通りの休日を過ごせなかったという自己嫌悪感がその理由なようです。
「ハイテンション」グループは、反対に月曜から始まる仕事が待ち遠しい気分でいるようです。
また「リラックス」グループは、週末を自分の思い通りに過ごしたことで十分満足している様子が伺えました。

平日同様、休日にもやりたい事が色々と沢山あるトレンドリーダー達。
いかに時間を有効に使って思い通りの休日を過ごすかが日曜夜の気分と密接につながっているようです。

綾子

着付け教室

最近 市の広報をよく読んでいる。随分いろいろな文化活動が行われている。

茶道会にも入り一月からは毎月一回お茶会に参加できるようになった。着物も着たいと思っていたら着付け教室があった。

さっそく行ってみた私でも何とかついていけそうである。
入会金1000円 一階の指導料1000円以後休まなければ1000円先生は着物の着方が美しい人でよかった。

お茶の時間があり皆で話し合うのは良い面と面倒な点がある。
母の介護がある私にとっては避けたいところである。

着物がきれいに着られるようになった人の卒業パーティが12月に行われるそうである。わたしもきれいに着られて卒業できる日をイメージして帰ってきた。

さっそく下着や足袋を洗い着物をエモン掛けにかけ風を入れている。

綾子

JUNJUNの記事を読んで。

「水からの伝言」にみるにせ科学

こちら

上記の記事を面白く読んだ。私なども騙される部類だとも。
この明快な文章を読みながら何か物足りない感じがあった。

花なども言葉かけしながら美しく咲かせている人は多い。

私は友人に聞いてみた。

私が会社に入って、優秀な技術者の姿に見た物はそれです。
彼らはまるで物と会話をして、相手の気持ちがわかっていると錯覚するほど、その物の特性を察知し、引き出すのです。
しかし、それはもちろん、言葉が魔力を発揮しているわけではなく、そうした繊細な観察や試行の積み重ねが膨大なデータベースとなって、彼らの頭や目や手の感覚の中に収まっており、その経験から、物に振れた瞬間、その物の特性を察知できるのだと思います。

言葉あるいは強い願いによって、物事が変わるという考え方は魅力的ですが、物体は物理・化学的な作用によってしか変化しません。願いを叶える人は、願う心の強さにもまして現実的に動いているからこそ、自分の願いを実現しているはずです。

この視点が抜けていたように思いました。
無から有は生じないという科学者の視点は正しいですが物を作るとき例えば結晶の好きな人は出来るだけ美しいものを作りたいと結晶について調べ丁寧に作るはずですその心について触れていなかったしそれを道徳と結びつけるのであれば違うといってもよいと思いました。

綾子

「ALWAYS 3丁目の夕日」

急に思い立って「ALWAYS 3丁目の夕日」を観てきた。昭和33年東京タワーが建つまでの一年間の東京下町の話である。
当時の風景は懐かしかった。模型やセット昔の写真を駆使した技術も素晴らしかった。

集団就職で15歳の少年、少女が胸を膨らませて上野駅に到着する。

良家の息子であったが文学を目指すために家から勘当された男、妾の子で母親にも捨てられた少年の様子は血縁だけでなく感性の一致が家族だという視点がある。

これはインターネットの時代には分かりやすいと思う。地縁・血縁ではない感性とか思想の一致という縁はいまどこにもみうけられるからである。

また保険制度も確立していない時代で親の治療代が莫大で身売りさせられる女性もいた。小雪のスタイルの良さが掃き溜めに鶴を思いだされるような清らかさであったが文学崩れ氏のもとを黙って去る。
売られたのである。

懸命に働ききっと今に良くなると頑張って妻と息子を育て三種の神器ならぬ洗濯機 冷蔵庫 テレビを揃え小さな車もある鈴木モーターズ一家。

鈴木モーターズ一家が冷蔵庫の前で大喜びしている一方で無惨に捨てられた古い冷蔵庫とその冷蔵庫に定期便のごとく氷を運んだ親父さんのわびしい顔も何気ないが印象に残った。丁寧に人の心模様を記録した作品であった。

サイクリング・コカコーラが生活の中に入り込んできた時代でもありタバコ屋のおばちゃんも存在していた。

車の量も少なく路面電車があちこちに走っていた。


団就職に出した母親が里心がついてはいけないと心配していながらしていない風を装い「これで口減らしが出来た。」といったり葉書に返事を出さなかった。少
女はもう帰るところがないと考えていた。鈴木モーター社長夫妻の青森行き切符を返そうとして母親から毎月心配の手紙が来ていたことを知らされて帰るシーン
は子どもに甘すぎる私は反省するところもあった。

そして堂々と立ち上がった東京タワーをいろいろな人がそれぞれの思いを持って見つめている夕日の中に聳えている。

15歳で東京にやれるだろうか。私は手放せない。強いやさしい東北の母親像があった。

地上波だけでなくなったのか今度東京タワーは改築されもっと高くなるそうである。

綾子