ユニフォームの赤き色もよしポーランドの選手団今我前を行く
理由なき憂いもあるか水たまりの雲見つめつつ友待つひととき
かけ声の力づよきにひきづられ夜遅くまでシュートしをりき
疎ましき日曜の午後一人居て五月雨の音あらためて聞く
盛菓子を囲みてはずむ初恋をそれでそれでと問ひつめあひて
祖母の命あと数時間にせまりたりオウショクキ今開かんとするに
カーブして何処まで行く川ならん黄昏の野に黒く光れリ
ふりむけばただ蔵王のみくっきりと夕日を受けて輝き聳ゆ
淡々と生殖器官の講義終へ試験に出すと云へり教授は
私鉄スト止まぬ夕べを遊びいて乗用車ダンプカーと乗り継ぎ
帰る
虫の好かぬ友と別れて灯のともるペーヴメントを大股に歩む
亀裂する雲間より見ゆ橙色のメッキの月がマヌカン照らす
みどりなす春の陽射しと思ひつつ仰向けに寝れば強き土の香
白き葉を見せて立ち並ぶ柳柳ふきあぐるごと風にゆらぎぬ
黒き幹に萌へし若竹色の芽の公園の空をおほひて豊けし
満洲の兵(短歌研究6月号馬場あき子選)
戦闘帽かぶりて銃を構へゐしかの満洲の兵のその後は
春の鳥いくさを知らずのびやかに弘法寺の森に鳴き遊びをり
みほとけの顔 空っ風
デパートの蛍光灯に照らさるる仏教美術展のみほとけの顔
昭和37年都民文藝(6)
牡牛座 松岡尚子
をうし座は私の星座をうし座のCD買ひぬ独り心に
短歌研究五月号(馬場あき子選) mohyo
夕食にゴマ和え酢みそと決めかねて春牛蒡の香欲しと気づけり
花冷え mohyo
花冷えの不安定なる吾の闇で宮城訛の女の声す
ノロウィルス 松岡尚子
感染症の恐ろしさ思ふ施設内の高齢者あひ次ぎ嘔吐に苦しむ
居室トイレ霧吹き使ひ消毒す次亜鉛素酸ナトリュウム身にも掛けつつ
マスクして一日居れば時折に息苦しくてひととき外す
家庭用の浴槽の中に感染者の衣服を入れて熱湯消毒す
いつの間にあの人もまた次々に高齢者を襲ふノロウィルスは
局長席 JUN
もう二度と座る事なき議事堂の局長席にひとり来て座す
短歌研究四月号(馬場あき子選) mohyo
幸せはぬくきものかも湯タンポを足で探していねし夜
心象の風景 空っ風
いくつかの季節はすぎて白っぽく腐れゆきたり裡なる樹木
ひっそりと空気の中に眠りゐる吾が心象の貧しき風景
欲りてゐし少年期への憧憬はやさしく芽吹く草の影にも
海を恋ひ少年期を恋ひひとを恋ふ北国の朝の春あさき空
白みゆく夜の眠りに写りたり雪原(ゆきばら)を駈けし汝が後姿(うしろで)
幻覚の世界にあそびし春の朝V・ゴッホと渡りき「アルルの跳ね橋」
野分だつ浅間の原に生きてゐし吾が瞑想録はまだ<青>もてり
残雪の谷川岳にむかひて叫ぶ”キエルケゴールを超へてゆくべし