破船    佐野豊子

帰宅して四方八方虫の音に野たれ死にした気分にひたる

冬の草ぽきぽき折れば燃えるゴミ今宵の満月澄みはてて寒む

暮れ方に遠い連山燃えている影絵のなかゆき寿司などを買う

稽古場は破船となりて売られたり後継者なく資金も尽きて

未練なり琉球人形いろあせず恋の「綛掛け」(かせかけ)永遠に舞ませ

今朝の春   JUN

カーテンを引けば溢るる今朝の春

手料理で子待ち孫待つ三日かな

三世代の餅の真白を並べ焼く

初春や小江戸にゆるき時流れ

多摩川に今年の幸を願いけり

ウクライナ戦争 NAOKO

避難する幼女がひと言「死にたくない」他国といえど身につまされぬ

孤立するプーチン思うロシアにも反戦デモが拡大しつつ

不気味なる警報音や首都キエフに軍が迫りぬ爆音ひびく

ロシアへの経済制裁第三次世界大戦起こらぬように

ドイツの壁崩壊のとき東側に家族と棲みしプーチンなりし

黒雲動かず 佐野豊子

眠りこけ〈医療現場〉のコラム欄膝よりずり落ち読み残したり

今宵また黒雲動かず月見えず教えてほしい哀しみの忘れかた

この冬に稽古場手放す舞の人ひのきの床を膝つきみがく

家中のふすま ガラスがどうぶるい自衛隊ヘリは落ちてきそうだ

三姉妹思いおもいの窓をあけ流星群をみていた若さ

トルッロ      NAOKO

幼き日おとぎの国にあこがれぬ日差し明るいアルベロベッロ

オリーブとブドウの栽培トルッロとう円錐家屋に人々棲みて

石灰岩丁寧に積みし円錐の屋根に付けらる厄除け飾り

憧れのトッルッロ1000軒そこだけが白きオアシス光が満ちて

イタリアの南部に生れしトルッロは白壁眩しくこころ魅せらる

雪の富士   JUN

伊豆の空どこまで行けど雪の富士

鷹揚(おうよう)に伸びする猫や漱石忌

百名山踏破の友や枯野行く

喪中葉書また来てをりぬ霜の夜

托鉢の僧が佇む師走かな