心に留まった歌と歌評 田中倭文子さん作品

病む夫を窓辺に寄せて月を見る昨日より一日老いたるふたり

A    一読して夫君を介護される姿が目に浮かび胸の詰まる思いです。長い歳月を
共に重ねてこられた御夫婦が寄り添い月を眺めて、どんな会話をなさったので
しようか。私は脳梗塞のため失語症となった夫と二人暮しです。力まず明るく前
向きにと思いつつ反省の毎日なのです。(吉崎ハツ子氏)

B   主人は大腿骨骨折の手術後、車椅子の生活となり寝たきり状態で再手術を待つ
日暮しですが高齢なので案じています。日日衰えてゆく主人を見るのは辛く過ぎ
てゆく日々が恐いですが、今の二人にとって今が一番若い時なのだと思い返して
張り切って明るく毎日を過ごすよう努めています。(作者)

C   すでに、素材も技法も幾多の先例があると思いながらも、夫婦の情愛をこのよう
な形で示されると素直な気持ちで採らざるを得ない。A評は自分たち夫婦も似た
状況であることに触れ、心情的な評を寄せた。作者は下句で「昨日より一日老い
たるふたり」と詠みながら自解では「二人にとって今が一番若い時なのだ」とする
これは「今を一番幸せと感じていたいという作者の願いである。(小嶋一郎氏)

歌誌「コスモス」(2006-5)より

私や弟妹にとってどのように年を取り死を迎えるのかは常に心の隅にある年齢になって
しまった。娘3人は短歌を弟は俳句を作っているが老後の歌はなかなか歌いづらいもの
がある。思ったことを口に出すのは本当のことでも作品としては詠みたくない。それは人
の作品についても同じである。この作品を読むとハッと気づかされるそして豊かな気もち
がわいてくる特にどうという特別なことではない。それがとても心に沁みるのである。

綾子

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