馬場あき子選  短歌研究5月号

故郷へ帰るすべなし吾を背負い祖母が歌ひし琉球古謡

祖母の背で不安といふを知り染めぬ引揚者に吹く基隆の風

泣くことは安らぎでした引揚者家族の長女三歳のわたし

ああー泣けば泣いてもよいと祖母も泣く引き揚げて三重の山道を行く

三線のリズムに一人踊りでて次々踊るも馴染めざるまま

綾子

すずめ

最近 環境が悪くなったのかどうか原因不明の不審な出来事がよくある。うさぎの死

カラスの死 すずめの死・・・・。

最近雀がいないという気がしてメールしたらそうでもないですよ。いますよ。少し安心。

今日病院にいったら母が「あらっ」と嬉しそうにしてでもすぐ帰るのでしょうという目もしていた。ここのところ弟妹も疲れていて私も何だかドット疲れていて昨日も目をつぶってベッドの傍にいたのであるが眉間に皺を寄せていたらしい。

「どうしたの。何か嫌なことでもあるの。」母は少したじろいで聞いてきた。実は、母の声がうるさくてわずらわしかったこともあった。

今日はいきなり「皆が自分の事で一杯ですぐ帰ってしまうのはがまんできるけど疎まれているのは堪えられないんだ。あなただって洗濯したらまたあしたくるからねっとはいっても私の手足にはなってくれないでしょう。」 「誰の洗濯をしていると思っているの?」「とにかく私は寝ているだけで相手にされないのよ。」「お母さんもう少し小さな声で。」「私何回もそう言われるのよ。」「お父さんがこういうときにいてくれたらいいんだけどすぐどこかに行ってしまうのよ。」

父はもう30年前に死んでいるのにさずがに今日はいえなかった。しばらくすると「朝から膀胱炎みたいで気もちが悪い。ここてであっためて。」私は初め手で温めてすぐ手ぬぐいを二つに折ってあたためる。そしてお薬貰ってきてという母のためにナースステーションに行く。そこで母が朝から膀胱炎と騒いでいることを知る。母には家人が物を与えてはいけないことになっているがクスリとしてとろみをつけたお茶をいただけないかと聞いてみた。

看護士さんが膀胱炎には水分は大事ですからと母のために作って飲ませてくださった。母はすこし安心していた。「おとうさんは今日スーツを着ていったのよ。いつも軍服ばかりだからスーツがいいといったのよ。やはり軍服よりスーツの方が似合う。」

時間が来て又明日来るねというと「お父さんのスーツ見てから帰ってよ。」それはだめと思うのか「あなたは長女だからたよりにしているからね。わかっているね。」という。

皆が疲れてしまっていることが敏感に反応させていてかわいそうだった。2時間ずつ3日いくより一日ずっといた方が母のためになるのだろうか。迷いながら帰ってきた。

雀のHPがあったかわいらしいのでしばらく眺めていた。

http://kurogoma.jugem.cc/?page=0?page=28?page=1

綾子

糸満盛次郎の歌

糸満盛次郎遺作品吾を待つひともあらなくにこの夕べ花の下路人恋ひて歩む

酔ひまして唄いませきみ雪の夜の別離の宴せつなきものを

若かりし日の思ひ出をなつかしみ妻のエプロンのひも結びやる

かへりみて吾が青春は戦ひの弾痕の窪に埋もれしかな

眠り吾が生はなべて憂きこと多かりき夕かたまけて見る茜雲

嫁ぎ来てみそとせの労苦言ひもせで妻の寝息の安らかな貌

喪中欠礼の葉書とどきて名簿より戦友の名を一つ消したり

人肌を恋ひて寄り来る家猫を抱けば夕べの秋のしづもり

末っ子の初出勤なり老二人門辺に出でて手を振りて佇つ

呆けて背に負ひし日もありきこの吾子と肩並めゆけば吾れを見おろす

切妻のそそり立つ屋根陽に輝(き)らひ恵林寺(えりんじ)の庭静もり深し

吾もなく仏さへなし円覚寺の梵鐘の音(ね)のみ樹樹にこだます

屋根厚く古き山門は厳としてうつろふものは吾が身ならずや

禅堂の明り障子は純白にすがしく立てる位置の確かさ

戸を閉ざし俗は入れざる修行堂に色即是空の静寂は充つ

合掌造りの本道の廂重重し秋空の蒼きを截りてそびゆる

明滅する意識漸く定着し病院の個室しみじみと見廻す

生命(いのち)請合はずと宣せられし一瞬を語りけり妻が看護(みとり)も幾夜過ぎしか

長病めばものみな悲しちぎれ雲流るる涯に夏も逝きたり

壷に飼ふ鈴虫凛凛と鳴きそめて老母(はは)逝きし日の頃となりたり

独り来て母の墓前に合掌す何を告ぐべく来しにあらねど

甲斐路ゆき仰ぐ富士ケ嶺雪ありて空一点のかげろひもなし

散策の路に群れ咲く曼珠沙華ふと足止めて妻がもの言ふ

濡れ縁に手をすりあはす蠅一つはたと打ち殺すためらひもなく

無花果の過熟の実には足長の蜂むらがりぬやがて落つべし

なまめける声にほだされ餌を与ふ野良猫も吾も秋は悲しき

ポポの樹の厚きみどり葉陽にきらひ入道雲はかぎりなく白し

ただひとつ咲き残りたる曼珠沙華風吹けばゆらぐ色あせしまま

旅ゆけば心せつなしルピナスの花の紫目に鮮るくして

いくばくを生きるいのちぞ湯の宿の湯舟に入りてあごまで沈む

鄙びたる山のいで湯の旅寝ゆえともしび淡く吾はものおもふ

侘び深き旅なればこそ湯の宿の池の緋鯉に餌をまきてゐつ

細雪音なく降りて夜半白く病みながき心しんしんと寒し

悲しみは心の底によどみゐて無意味に鉛筆を幾本も削る

柔道の古式の型の「受け」を演じ整然と弧を描く吾子を見て居り

受洗すと前列に娘が立つ会堂の一瞬のしじま眼を閉ぢてゐる

池の面に夕べたゆたふ枯落葉風吹けば逆らはず波にゆらるる

群がりし蟻に引かれてゆく屍消えゆくもののしみていとしき

吾が命いつまでをあらむ蕾ふふむ紫つつじ手に触れて見つ

過去(すぎゆき)は茫茫として還るなし孫の小さき手をとりて歩む

綾子

朧の空

登り坂一足ごとに春の海十字架の朧の空に母見舞ふ

花衣ふたりの違ふ老い支度