花韮の白さ目に沁む老い母の介護尽くせし姉の倒るる
短歌と感情 宮 柊二先生 (4)
短歌と感情(昭和四十三年五月十八日) −長狭高校講演速記録より抜粋
先生に問い詰められて黙っている机の下の光目にしむ
勉強してこなかったもんだから指されても答えられなかった。どうした、なんて問い詰められて返事が出来なくて、黙って、机の下に差し込んでいる日を
見てい
るんだ。僕にも覚えがあります。教科書を立てて購読本を読んでいたら、指されてしまった。僕の方が悪かったんだから仕方が無かった。だからそのときの先生
は鞭をあげられた。しかし、今になるとその先生が懐かしくて仕方がない。
その先生はもうなくなりましたが私が四十幾つの頃何十年ぶりで
私を訪ねてくださった。「宮さん、いらっしゃいますか。」なんてはじめは丁寧でしたが「こら!肇(本名)!!」、四十幾つになった私をつかまえて、昔の先
生になってしまって「短冊かけや」なんて命令してました。
勉強する生徒を私は好きですけれど、勉強を怠けて、こういう歌をつくる生徒も私はまた大好きです。そういう生徒をどんどん叱られる先生もまた大好きです。
短歌と感情 宮 柊二先生 (3)
短歌と感情(昭和四十三年五月十八日) −長狭高校講演速記録より抜粋
短歌は叙情詩のひとつの形式である。短歌の形式の中で、感情を述べる詩の一体のわけである。
詩
というものは、感情が豊かで深く、やさしく、強く、清らかで、そういういろんな感情要素を持っている人でなければうたえないものである。感情というもの
は、一人一人によって違うものだけれども、その中でもとりわけ豊かで深く、敏感で、ものを見る目や気持ちがきれいな、そういう感情を持つ人が詩をつくると
思う。
その中で短歌は定型詩である。
整理すると短歌は芸術の中の文学に属し文学の中では詩に属する。
詩は叙事詩 叙情詩があるが短歌は叙情詩である。日本でいま詩というものには、現代詩、現代俳句、現代短歌などがある。
短歌と感情 宮 柊二先生 (1)
短歌と感情(昭和四十三年五月十八日) −長狭高校講演速記録より抜粋 -
桑の葉の青くただよう朝あけに たえがたければ母よびにけり
桑の葉が、青くただよってにおう朝に、がまんできなくなって、「お母さん」と呼んだ。
においが青くただようとか白くただようとかいうことはない。しかしこの歌の場合は、「桑の葉が青くただよっている」といっている。これが感じというものだ。
朝の中にあの桑の葉の匂いが流れると、ひやひやした、なんか青いような感じがする。これです。
青
い色というのは、何を感じさせるのか、なんとなく、悲しいような、あるいは気持ちが沈静するような、沈んでいくような、そういう感じをおこさせる。だから
匂いに青いとか赤いとか、白いとか そういうことはないけれども、その人の気持ちによって、匂いを青く感じたり、赤く感じたりするかもしれない。斉藤茂吉
先生は、桑の匂いを青いと感じた。
匂いを何で青いと感じたのか。お母さんが亡くなる時の悲しさが背景にある。お母さんが危篤ということで
家に帰省された。命がもう危ないと思ってせつないような、悲しいような気持ちの、その時に、桑のにおいが流れてきていた。そのとき、「青くただよふ」と感
じとった。「感じ」である。
そういうことを「感情移入」という。作者がそういう感情を持っているから、その感情を相手の中に投入して、相手が感情を持っているようにうけとる。つまり、匂いが色を持っているように感じとる。それを「感情移入」という。
グーチョキパー
五階から見下ろす桜は咲き初めて
今日か明日かグーチョキパー (みよ子)
原作
五階から見下ろす桜の枝えだは今日か明日かグーチョキパー
(アドバイス)
グーチョキパーがこの歌のおもしろさですが、やや唐突な感じがします。
作者
グーチョキパーの意味は、わかりますか。
ひゃら
歌全体から想像すると、蕾のふくらみを
いっている?
作者
そうです。グーはまだ固い蕾。パーは咲いた状態。
ひゃら
グーチョキパーを補佐することばが必要ですね。
たとえば「咲き初めて」「咲きはじめ」など。
作者
枝えだ をやめて「咲き初めて」にします。
ひゃら
そうですね。唐突な感じが、少し薄まりましたね。
元気のいい歌です。
万緑 JUN
人も街も置き去りにして万緑の山懐へ歩み入りにき
わが歌枕 佐野豊子
思いでを問われていたり愛深き祖母さえ忘れておりし心に
沖縄を母はかたらず存(ながら)えし命をただによろこぶ戦後
琉球はわが歌枕ほろぼされみずからほろぶたとえば心
アメリカが世界に君臨する野心ゆるすのか返せ沖縄の島
人生がすこし修正されたよう頭髪(からじ)をたばね
頂(ちじ)にゆいあげ
涅槃西風 JUN
梅咲くや急かず気負はず凛として
桃の花吾を窺う童子あり
猛き者疾く滅びよと涅槃西風
太海の海 S.40年ごろ ふーしゃん
夫の鼾高き夜半かな一人生を誤らしめし戦争を憎む
引く潮は岩くぼを急ぎ下(くだ)りゆき押し来る波と
白く揉み合ふ
打ち上げしかじめの散らふ砂深き太海(ふとみ)の磯を一人しゆくも
水仙 松岡尚子
夢ひとつ受けたる心地水仙の球根の袋手渡されつつ
ベッド横に腰掛けふいに寂しかりいとも酷なり老孤といふは
本当に生まれて良かったと思ふかと吾子は問ひたり乙女さびたり
勝敗がすべての如き現実の人間といふを時に憎めり