わが歌枕  佐野豊子

思いでを問われていたり愛深き祖母さえ忘れておりし心に

沖縄を母はかたらず存(ながら)えし命をただによろこぶ戦後

琉球はわが歌枕ほろぼされみずからほろぶたとえば心

アメリカが世界に君臨する野心ゆるすのか返せ沖縄の島

人生がすこし修正されたよう頭髪(からじ)をたばね
頂(ちじ)にゆいあげ

水仙  松岡尚子

夢ひとつ受けたる心地水仙の球根の袋手渡されつつ

ベッド横に腰掛けふいに寂しかりいとも酷なり老孤といふは

本当に生まれて良かったと思ふかと吾子は問ひたり乙女さびたり

勝敗がすべての如き現実の人間といふを時に憎めり

さくら  mohyo

老母と今年もさくら見上げつつさくら並木を去りがたくをり

大声でひとりごといひ女行く背にさくらばな幾ひらつけて

暗雲に蔽われてゐる満開のさくら眼に顕つ白白として

夜桜にこころわななくICUの酸素マスクの母を思ひて